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分かり合える人がいるって奇跡かも…【映画『正欲』の感想】
著者:まつもとしおり
朝井リョウの大ヒット小説を原作とした映画『正欲』。稲垣吾郎や新垣結衣をはじめとする豪華キャストが出演し、「傑作か、問題作か」と話題になりました。
「観る前の自分には戻れない」という映画のキャッチコピーのとおり、映画を観る前とあとでは、人の見え方が変わった気がします。
今回は、映画『正欲』のあらすじやキャストとともに、観て感じたことや感想をまとめていきます。
感想にはネタバレを含みますので、まだ観ていない方は注意してご覧ください。
目次
映画『正欲』のあらすじ
横浜の検事・寺井啓喜、広島で暮らす・桐生夏月、夏月の中学の同級生・佐々木佳道、男性恐怖症・神戸八重子、八重子と同じ大学のダンサー・諸橋大也、この異なる背景を持つ5人がそれぞれの悩みや葛藤を抱えながら、ある事件をきっかけに交錯していく物語です。
“普通”とは何か、性欲に“正しい”は存在するのか、この世に“ありえない”ことはあるのか、秘密を抱える人の苦悩が描かれています。
映画『正欲』のキャスト
映画『正欲』のキャストを登場人物とあわせて紹介します。
- 稲垣吾郎(寺井啓喜)
- 横浜に暮らす検事。息子が不登校になり、教育方針について妻と衝突を繰り返している。
- 新垣結衣(桐生夏月)
- 広島のショッピングモールの販売員。実家暮らしで代わり映えのない日々を過ごしている。
- 磯村勇人(佐々木佳道)
- 中学時代の桐生の同級生。両親が交通事故で亡くなったことをきっかけに会社を辞め、地元広島に戻ってきた。
- 佐藤寛太(諸橋大也)
- ダンスサークル「スペード」に所属する大学生。準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ。
- 東野絢香(神戸八重子)
- 諸橋と同じ大学に通う大学生。男性恐怖症。
【ネタバレあり】映画『正欲』を観た感想
ネタバレを含む、映画『正欲』を観た感想をまとめました。
あくまでも個人的な感想であり、感じたことやどう捉えたかは人によって違うと思います。「そういう捉え方もあるんだな」というふうに読んでもらえると幸いです。
この世は明日死なない人のためのもので溢れている
冒頭、佐々木は食堂で婚活パーティーのチラシやネットショッピングをする人、占いや医療保険に夢中の人、英会話教室の広告を見かけ、「これはすべて明日死にたくない人、死なない人のためのものだ」と言います。
このセリフを聞いて、今までそう考えたこともなかったし、いわれてみれば世の中には明日も生きていく人のためのもので溢れていると感じました。
明日死んでもいいと思っている人にとっては、必要のないものばかりで、生きづらさを感じる部分でもあるのかもしれません。
ただ、この世で生きていく、そして周りにほっとかれるためには、この“普通”の流れに乗らなければならないという苦悩も伝わってきました。
マジョリティを代表する寺井の存在
マジョリティは「多数派」を意味します。この映画で寺井はマジョリティを代表する存在でした。いわゆる“普通”の価値観を持ち、“普通”以外のことを認めようとしません。
息子が学校に行きたくないと相談してきたシーンでは、YouTuberのことを詐欺師と例え、学校に行くよう説得します。また、妻に対して「普通じゃなきゃいけない」という発言もありました。
ほかにも寺井が“普通”であることに執着しているように感じるセリフやシーンが多く、寺井は普通であることが正義だと信じて疑わない印象を受けます。
ただ、価値観は人それぞれで、“普通”でなければならないと考えることがいけないわけではなく、なぜ理解しようとしないのだろうと腹立たしさを感じました。
たしかに、マイノリティの意見が理解されるに越したことはありません。しかし、理解できなくても、理解しようと努力してくれる人がいるだけで、救われる人もいるのではないでしょうか。
マイノリティのなかのマイノリティ
桐生が実家で食事をしているとき、LGBTQの団体が街を歩くニュースが流れます。
このとき、桐生はニュースのなかの人々を見て、羨ましさや悔しさを感じたのではないかと思いました。それは、ニュースのなかの人々は、同じ悩みを持った人を近くに感じられているからです。
桐生と佐々木は水に性的欲求を抱くという秘密を抱えているわけですが、性的欲求が人間以外に向くセクシャリティは、マイノリティのなかでも少ない傾向にあります。これが、マイノリティのなかのマイノリティです。
マイノリティのなかのマイノリティの人は、分かり合える人や同じ悩みを持った人が特に少なく、簡単に打ち明けられるわけでもないため、想像以上に孤独を感じているのかもしれません。
それは本当に優しさなのか
桐生が同僚と話すシーンでは、恋愛や結婚、出産を前提とした会話があります。同僚はいつも独りでいる桐生を気にかけ、優しさのつもりで話しかけていました。
しかし、人間に性的欲求を抱かず、恋愛や結婚をする気のない桐生にとって、恋愛や結婚の話題は話しづらい内容です。
一連の流れから、自分のなかでは優しさと思っていても、相手にとって優しさになるのかは分からないのだと感じました。自分の優しさが、相手にとっては余計なお世話かもしれません。
また、同僚の「独りぼっちで寂しそうだったから話しかけてあげてるのに」というセリフから、相手を分かった気になっていることが相手にとっては一番つらいのかもしれないなとも気づかされました。
分かり合える人がいるという奇跡
「人とつながりがないと自分のことを嫌いになってしまう」というセリフがあります。たしかに、秘密を抱えた登場人物は人と関わらないようふさぎ込んで生活し、そんな自分を嫌っているようにみえました。
ただ、分かり合える人がいると分かったときの登場人物の表情を見て、分かり合える人の存在は大きく、桐生と佐々木が自殺を試みて再会するシーンは観ていた私でさえ安心感を抱きました。
分かり合える人がそばにいるだけで、悩みを共有して生き辛さがほんの少しでも解消されるかもしれないと感じたからです。
また、佐々木が普通に生きていると思い込んだ桐生が佐々木のあとをつけ、窓ガラスを割るシーンがあります。ここで感じたのは、マイノリティの人にとって分かり合える人の存在がどれだけ大きいかということです。
分かり合える人を失ったとき、深く傷つくと同時に、もう分かり合える人とは出会えないかもしれないという不安もあったのではないでしょうか。
結婚のカタチは色々、恋愛だけじゃない
「この世界で生きていくために、手を組みませんか?」と、佐々木が桐生に結婚を持ちかけるシーンがあります。分かり合える者同士の結婚、このシーンを観て恋愛感情はなくとも結婚はできるし、恋愛以外にも結婚する理由は色々あるんだなと再確認させられました。
結婚のカタチが多様化している現在、友情結婚という選択肢があります。
この映画のレビューや評価には、桐生と佐々木の結婚を「偽装結婚」と表現する人が多いように感じますが、互いが互いを分かり合えるという心地よさや安心感という気持ちのつながりのもとで結婚している点では、「友情結婚」ともいえるのではないでしょうか。
互いに「いなくならないで」と言うシーンでは、2人が気持ちで深くつながっていることを表現していることが分かります。
また、桐生と佐々木が性行為を疑似体験するとき、「普通の人はこんなことしてるの?」「普通に生きるのも大変」といった、マジョリティ側を不思議に思いながら笑うシーンがあります。
このシーンで、自分が思っている普通が誰かにとっては普通ではないことに気づかされました。
マイノリティの人が抱く孤独感の理由
「SATORU FUJIWARA」というユーザーネームを知っていた桐生と佐々木は、その人物がお互いのアカウントだと思っていました。佐々木がSATORU FUJIWARAに連絡をとった際には、「1人じゃないと言われている気がしました」との返信がきます。
このシーンを通して気づいたのは、マイノリティの人は「自分だけかもしれない」「似たような考えを持つ人は自分以外にいないのかも」と思ってしまうために、孤独感を抱くことがあるのではないでしょうか。
実際、桐生と佐々木は同じ性的指向を持った人をお互いしか知りません。そのため、SATORU FUJIWARAのことをお互いのことだと勘違いしています。
マイノリティの人でカミングアウトする人は少なく、同じ考え方の人を探すことは極めて困難です。しかし、似たような考え方を持つ人は意外といるのかもしれません。「自分以外にもいるかもしれない」、こう考えられれば楽になる人もいるのかもと感じました。
同じ「水」でもそれぞれの感じ方がある
水に性的欲求を抱く佐々木・諸橋・矢田部ですが、同じ水でも以下のような違いがありました。
- 佐々木:自然な形から捻じ曲げられている水の姿に魅力を感じる
- 諸橋:水飛沫のような躍動感のある水に魅力を感じる
- 矢田部:水に濡れた衣服が好き
このように、水に性的欲求を抱く点では同じであっても、人によって微妙な違いがあります。これは、ほかのセクシャルマイノリティにも共通するものがあるのではないでしょうか。
セクシャリティは人の数だけあるということを再認識し、「自分は変だ」「自分は普通じゃない」と自分を責めてしまう人が少しでも減ってくれたらよいなと思います。
アウティングしないという共通認識
矢田部の逮捕によって佐々木と諸橋、佐々木の妻である桐生が事情聴取されるシーンがありますが、誰も自分以外のセクシャリティを口にしないことが印象的でした。
特に、佐々木と桐生は、自分のセクシャリティを話すことで、間接的に結婚相手のセクシャリティもバレてしまうかもしれないということから、自分のセクシャリティさえ話さず、相手を守ろうとしていたことにアウティングしないことの重要性を感じました。
アウティングとは、本人の同意なくセクシャリティを第三者に暴露することです。
桐生は「夫が話していることがすべて」と、夫が何も言っていないのなら私も言わないという強い意志を感じ、これは誰に説明しても分かってもらえないというマイノリティの苦悩を知っているがゆえの行動だと思います。
映画『正欲』の補足情報
原作の小説は50万部(2023年10月時点)を超えるベストセラーです。原作の著者である朝井リョウは、『正欲』以外にも『桐島、部活やめるってよ』や『何者』といった群像劇の小説を書いています。
また、映画『正欲』は、第36回東京国際映画祭において最優秀監督賞と観客賞をW受賞しており、国内外で評価されている作品です。
映画レビューサイトであるFilmarksでも、レビュー件数は4万7000件を超え、評価は3.7と多くの観客から高評価を得ていることが分かります。
社会的な問題を取り上げたこの作品では、評価される声が多い一方で、「傑作か、問題作か」というように、マイノリティの描き方について批判的な意見もあるようです。
まだ観ていない方は、ぜひこの機会に観てみてください。考え方や感じ方が変わるかもしれません。
まとめ
映画『正欲』は、マイノリティの人々に焦点をあてた作品で、普段は考えもしないようなことに気づかされる部分が多かったように感じます。
当事者でなければ完全に理解することはできない、しかし理解しようとしないことはもっと違うのではないかと思わされました。
映画『正欲』は、“普通”とは何か、性欲に“正しい”はあるのかを考えさせられます。マイノリティ・マジョリティに関係なく、1度は観ていただきたい作品です。
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